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2012年7月30日

ノブローの中華な日常(第18話)

「日本行き選抜ウルトラクイズ・その3(解説篇)」
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                                  (寝太郎作)

「稍麦(シャオマイ)」が確認できるいちばん古い資料は、14世紀の『朴事通』。
元の大都午門外に稍麦の店があった、と書かれているそうです。

長江(揚子江)の南、江南では南宋の時代などから文化が発展し、
この地の漢民族には、北方の文化に対する優越感がありました。

したがって、北方の小麦の粉食はしながらも、文化そのものを受け入れることはせず、
発音がおなじであれば、字を書き換えたりすることがあったといいます。

「焼麦(シャオマイ)」が中国南部で「焼売(シャオマイ)」と呼ばれるのは、
それが理由では?
と書かれているのは『中国の食文化研究<北京編>』(辻学園調理製菓専門学校)
という本で、今回の解説はほとんど同書を参考にしています。

参考文献一覧

『ノブローの中華な日常』目次

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